OUR ART IN
OUR TIME
12
2025
Dec. 01, 2025
「神経美学×デザイン×コミュニティー」
ーいまだ来ていない「そのとき」を想像することー【イベントレポ】
神経美学 研究者/KAMADO Project 監修
石津智大さん
Edited by Naomi KAKIUCHI
Event photo by Yuba HAYASHI(クレジットがあるものを除く)
──はじめに…
KAMADO TALKは、KAMADOが開催している人の感性や価値観に深く迫る「KAMADO Project」関連トークイベントシリーズです。2025年10月31日、「KAMADO TALK」の第2回が開催されました。
今回のテーマは「神経美学×デザイン×コミュニティ」。
神経美学は、芸術や美しさを、脳の仕組みから読み解く科学分野。
アートだけでなく、顔の造形や音楽、幅広い美醜、そして“自然から感じる崇高や畏怖畏敬”、さらには道徳観にまで踏み込んでいきます。
神経美学研究の第一人者でありKAMADO Project 監修者 石津智大さんに「神経美学×防災ーいまだ来ていない「そのとき」を想像することー」を軸にお話をいただきました。会場は渋谷スクランブルスクエアの15階にある共創施設 「SHIBUYA QWS」、この日はハロウィンの夜でした。
このイベントは、イベント前半に21_21 DESIGN SIGHTでの企画展「そのとき、どうする?展 –防災のこれからを見渡す–」(現在は会期終了)のガイドツアーを実施。後半に渋谷スクランブルスクエアにある会員制 共創施設 SHIBUYA QWSでのトークイベントを開催しました。

アート×ライフスタイルのあいだをめくる、
KAMADO BOOKについてはこちらから。
渋谷スクランブルスクエア 会員制共創施設 SHIBUYA QWS
Featured Speaker
石津 智大(いしづ・ともひろ)
神経美学 研究者/KAMADO Project 監修
神経美学、芸術認知科学の分野において15年以上の研究経験を持つ研究者。脳科学の手法をもちいて感性と芸術について研究している。
国内外のジャーナルに多数の論文を発表し、芸術と感性の脳科学である新しい学際領域「神経美学」の発展に寄与。研究活動に加えて、講演や執筆を通じて一般社会に研究成果を伝える活動も行っている。
2009年、慶應義塾大学大学院心理学専攻修了。博士(心理学)。ウィーン大学心理学部研究員・客員講師、ロンドン大学ユニバーシティカレッジ生命科学部上席研究員などを経て、2020年より日本に活動拠点を移し、大学にて教育・研究に従事している。
著書に『神経美学 -美と芸術の脳科学-』(共立出版、2019年8月)『ヒトはなぜアートに魅了されるのか』(共立出版、2025年5月/分担執筆)新書『泣ける消費』(サンマーク出版、2025年7月)など。
Organizer
柿内 奈緒美(かきうち・なおみ)
KAMADO INC. Founder & CEO / Chief Editor
人の価値観を象るアートとの関わりがより豊かになることに興味がありテクノロジーを活用しながら、アート×ライフスタイルのあいだに新しい体験を生み出す事業を展開。原点は2005年に立ち上げ、10年にわたり運営したライフスタイル紹介サイトにある。アートやインターネットのように、境界線を越えて価値観が交差する領域に興味を持ち、コンテンツ制作やクリエイティブ事業に携わる。ジョージクリエイティブカンパニーなど数社を経て、ニューヨーク発カルチャーメディア「HEAPS」にて勤務。2016年11月、個人事業主として独立し、HEAPS親会社の新規事業として『アートがライフスタイルになるウェブマガジンPLART STORY』を立ち上げ、創刊編集長に就任(〜2019年1月)。2019年8月、『ウェブマガジンKAMADO』を創刊。2020年6月、株式会社KAMADOを設立。現在「Art is lifestyle. Lifestyle is you.」のコンセプトのもと、アート×感情×脳科学を融合させたオンラインブック「KAMADO BOOK with AI Chat」を開発。また、文化・ビジネスの両面から感性の社会実装を目指す共創プロジェクト「KAMADO Project」を展開し、企業やブランドが参画できるパートナーシッププログラムを提供している。
まずはじめに、2019年8月にスタートしたウェブマガジン「KAMADO」が6周年のタイミングで「KAMADO BOOK」としてリスタートし、SPECIAL ISSUE/KAMADO JOURNAL/LIBRARYの3つを軸に拡張していること、AIチャットを組み込んだパーソナライズ提案へと進む現在地が共有されました。(個人向けサービス)
そして今回のイベント企画について、六本木にあるデザインの展示施設 21_21 DESIGN SIGHTの企画展「そのとき、どうする?展 –防災のこれからを見渡す–」の防災を“デザインの視点”から捉えた展示を観た時に、神経美学で紹介される感情へ結びついた経緯を説明しました。
2021年に訪れた富士吉田。
本町通り商店街は、富士山が正面に見える商店街として有名。photo by Naomi KAKIUCHI
神経美学で扱う感性には《大自然から感じる崇高や畏怖畏敬》というものがあり、石津さんの研究では“社会に資する感情を促す”とされてます。またKAMADOの軸である現代アートの多くの作品から感じる事ができる「悲哀美」にも他者に資する感情につながっている事が研究で紹介されてます。
「防災のコミュニティに必要な他者や社会を慮る感情が、自分たちの近くにある大自然の情景や、美術館で観ることの出来る素晴らしい現代アートから感じる事ができるのでは?と思いました。防災はとても大事なものだと理解できてもイメージしにくいものでコミュニティインフラがなければ立ち上がらないという実感があり、そのヒントに神経美学がなるのでは?と考え、企画へとつながっていきました」
とイベント概要を説明しました。
またこれまでKAMADOで取材した富山・高岡や富士吉田で触れた、自然に視線を合わせる日常の挨拶や、見えないものを大切にする感覚——大きな自然が人々の心を編んでいく体験が、神経美学×防災への入り口として語られました。
参考1 : 共通の想いが歴史の上にある高岡のモノづくり
参考2 : 織りと気配- 新しい在り方へのコンパスになる土地と表現
会場エントランス photo by Naomi KAKIUCHI
トークイベント前には、 21_21 DESIGN SIGHT 企画展「そのとき、どうする?展 –防災のこれからを見渡す–」(会期:2025年7月4日〜11月3日)をめぐるガイドツアーを実施。
ビジュアルデザインスタジオ WOW が展覧会ディレクターを務め、「そもそも災害とは何か」という根本的な問いから、地震・水害などの過去データの可視化、防災プロダクト、災害を契機に生まれたプロジェクトまで、災害と人々の関係性をデザインを通し多角的に見つめる構成になっています。担当スタッフが作品・展示意図を説明しながら、ツアー参加者と一緒に展示空間を回っていきました。
水害や地震データのビジュアライゼーションや、防災プロダクトの紹介、被災地でのコミュニティ支援や、既存のインフラに頼らない情報伝達の仕組みなど、現場の試行錯誤が見える内容、素材選定や構造の理由が説明され、参加同士やスタッフとの対話が生まれていました。
ガイドツアー中の様子
photo by Toshikazu TAKAHASHI
神経美学 研究者/KAMADO Project 監修者 石津 智大さん
◻︎ 神経美学とはどんな分野?
◻︎「美しさ」の脳反応 −〈真・善・美〉
◻︎「ヘドニア」と「ユーダイモニア」って?
◻︎「崇高 畏敬 畏怖」がコミュニティをつなぐ
◻︎「悲しみ」が人をつなぐ
・神経美学は、芸術と美的な感性に関するこころの働きを、心理学実験や脳・身体計測(脳波、MRI、視線、心拍など)を利用して研究する学際的領域。
・研究は、作品の物理的特徴(色・コントラスト・複雑性)と心理的特徴(言葉を超えた感性、心理的効果の応用)、脳・身体反応で実施される。
・美は人の外見の美しさだけでなく、善い振る舞い、数理の真理、自然にも宿る——その多様な美に共通する神経基盤を探る研究について語られた。「美は嗜好ではなく、必需である」という石津さんの言葉に、会場の空気が一段深くなる。
多様な美に関して共通する脳反応についての研究を紹介
・美的評価は主観的でありながら、強い美を感じる瞬間には、前頭葉の内側眼窩前頭皮質をはじめとする価値・快のネットワークが共通して活動。絵画や音楽など性質の異なる対象でも、「美」を感じる際の共通性が示された。
・古代ギリシアの哲学者 プラトンが提唱したイデア論〈真・善・美〉*について触れ、神経美学との重なりを説明した。
*2000年以上前にプラトンが提唱した人類が追求すべき3つの徳・価値観
そして、石津さんから「神経美学」を防災・コミュニティへ橋渡しする視点が紹介された。
・哲学者 アリストテレスが提唱した2つの幸せについての概念であるヘドニア(快楽・心地よさ)とユーダイモニア(意味・生きがい・倫理)という幸福を対置。
この日はハロウィン。雨だからなのか大きな混雑もなかったスクランブル交差点。SHIBUYA QWSから。
・大自然や巨大建築、火山雷、スケールの大きなアートの壁画など「自分の存在の小ささを知る体験「AWE/オウ」は、自己中心性を緩め、他者配慮や協働の動機づけを高めることが分かりつつある。
・適切な距離/安全のもとで生じる畏敬は、社会の規範やコンセンサスを支える“見えない足場”になりうる。迷ったとき、人はより自身が「美」を感じた選択へ傾く——という仮説に会場が頷く。
・音環境の工夫(リバーブによる自然音の「崇高化」など)で、福祉施設や公共空間の交流を促進する実験が紹介された。
・神経美学では「美しくて悲しい(悲哀美)」という混合感情にも注目。悲哀美は、他者を慮り庇護をしようとする人間的な品性の一つの表れであり、その内側には確固とした脳のシステム、生物的なシステムがもしかしたらあるのではないか?
・実例として、ドネーションの写真広告を紹介。
「ポジティブ」「ネガティブ」「ネガポジ」の3パターンの写真で一番寄付金額が多かったのは「ネガポジ」(美しくて悲しいもの)であった。
神経美学全体のお話はぜひ「KAMADO TALK #001 @TOKYO NODE LAB」のレポートをご覧ください。
最後に石津さんから「そのとき、どうする?展 –防災のこれからを見渡す–」の展示ディレクターWOWのことばと、フリードリッヒ・シラー(18世紀ドイツを代表する詩人、歴史学者、劇作家、思想家)、悲劇芸術 悲しみの意味について『人間の美的教育に関する書簡』のことばから、共通性が紹介された。
「仮想の悲しみから受け取る悲しみというのは、虚構世界・仮想の悲しみであるがゆえに、安心して向き合うことができる。そこで初めて、人は不幸や死に、どう対処すべきかを学び、現実をよりよく生きる術を寛容することができるのであろう。崇高、畏怖、畏敬は、その時、災害や火山というのが起きているときではなくて、物理的・心理的、または時間的に距離があるときに感じられる美的な体験、それが単なる恐怖とか脅威ではなくて崇高畏怖畏敬というものであり、その崇高畏怖畏敬は、社会、コミュニティを事前に結束させるような力がある。
そしてまた、仮想の悲しみを感じている状態では、人と人との間、つながり、庇護の感覚、ケアの感覚を強める力があり、いつか必ずやってくるけれども、目を背けたいような災害や不幸、悲しみに対して、事前に仮想的に感じて、それに向き合うことで、人間はそのときに対処する力を関与することができるのであろうと私は思いました」
最後にKAMADOの柿内から次回2月に開催を予定している「KAMADO TALK #003」について紹介。
「石津 智大さんと、もうひと方素晴らしい研究者を招いたお2人の対談トークイベントとなります。次回も素敵な場所をご協力いただき、都内のビジネス創造拠点施設での開催となります」
そして現在、KAMADOが進めている「KAMADO Project」について紹介。
KAMADO Project は、「アート×感情×脳科学のデータベース構築」で感性の構造化の可能性に挑戦するプロジェクトです。
このプロジェクトで得られた知見やプロトタイプは、2027年春の KAMADO FORUM 2027 にて、中間成果として発表します。
また、KAMADO Projectは KAMADOだけで完結しない 開かれた取り組みであり、ともに文化の未来とビジョンをつくる仲間としてCulture & Vision Partner(価値共創パートナー) を募集しています。
本プロジェクトの監修には、石津 智大さんに参画いただいています。
KAMADO Project / Culture & Vision Partner詳細についてはこちらのページをご覧ください(12月12日に公開)
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21_21 DESIGN SIGHTはデザインを通じてさまざまなできごとやものごとについて考え、世界に向けて発信し、提案を行う場。デザイナーをはじめ、エンジニアや職人、企業、一般ユーザーなど、あらゆる人々が参加し、デザインについての理解と関心を育てていくことを目指している。
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