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04
2026
STORY - HANDS
Apr. 07, 2026
対話は「多角的な視点で物事を捉えるということ」/ 特集「積層と、調査と、対話と」
アーティスト 髙田安規子・政子
#特集「積層と、調査と、対話と」
writer naoko fukui
photographer yuba yahashi(クレジットがあるものを除く)
editor naomi kakiuchi(「はじめに」の箇所)
髙田安規子・政子
1978年東京生まれ。2001年、多摩美術大学美術学部彫刻学科卒業(安規子)、造形大学美術学部比較造形学科卒業(政子)。2005年ロンドン大学スレード美術学校 人文学部彫刻科修士課程修了(安規子・政子)。
一卵性の双子であるふたりはユニットとして活動している。どこにでもあるトランプが刺繍を施され絨毯になったり、軽石が洗面器の中で凱旋門としてそびえ立っていたりと、見慣れた日常風景やモノのスケールを操作することで、観る者の価値観や尺度を揺るがす作品制作をしている。また展示される場を読み解き、そこにあるものを活用し場との繋がりのあるインスタレーションを行なう。
《Inside-out/Outside-in》2023年 12分の1のスケールに変換された大量の窓からなる作品
photo by Naomi KAKIUCHI
小さな窓枠から実際の外の景色が見える
2025年8月末、銀座 資生堂ギャラリーでの個展がスタートした際、初めてお2人にお会いした。《Inside-out/Outside-in》に引き込まれ、個展での作品を拝見し、「2人で1つの作品を創ることの対話」についてお話しを聞いてみたいと思った。
半年後、横浜での展示に合わせて「積層と、調査と、対話と」をテーマにした特集枠としてお話を伺った。
本特集では、同じく2人で制作をしているアーティスト Nerhol (田中義久・飯田竜太)へのインタビューと、神経美学 研究者 石津智大さんのインタビューの記事公開を予定している。
それぞれの「対話」を対比しながら、その構造が自身とどう響き合うのか。
ぜひ、自身との対話としても読み進めてほしい。
《Spectrum》2025年
《Spectrum》2025年一部
資生堂グローバルイノベーションセンターでの展示風景
このように、身近な素材や日用品を用いた2人の作品は、鑑賞者に美しさや親しみやすさを感じさせながらも、生命や自然環境などの広く大きな世界へと思いを馳せさせる。
アートと科学を融合させた表現からは、作品が膨大なリサーチによって支えられていることが伺える。
「2人でひとつの作品をつくる」
そのときに、リサーチを共有し、たくさんの対話を重ねながらものづくりをしているのではないだろうか。そこには1人で制作をするのとはことなるプロセスがあるはずだ。
2人は、なぜ一緒に制作をするようになり、どのように作品を生み出しているのだろう。
【展覧会概要】
2026年1月28日(水)から3月15日(日)には、資生堂グローバルイノベーションセンター(神奈川、横浜)内Shiseido Beauty Park 2階にオープンしたShiseido Art & Heritage Passageで、展示「髙田安規子・政子 Perspectives この世界の捉え方」を開催した。
この展示は、2025年8月26日(火)から12月7日(日)まで資生堂ギャラリー(東京、銀座)で行った同名の展示を、空間に合わせて再構成したもの。
Magnetic field(左:Jupiter / Saturn)(右:Earth) 2020年
15世紀イギリスの物理学者ウィリアム・ギルバートが「地球は大きな磁石である」と提唱したことに着想を得た作品。
「幼い頃から2人でいるのが当たり前だった」
そう話す2人は、4人兄妹の3番目と4番目に生まれた。
母は美術教師で、絵を描く機会は日常的に与えられてきたという。
安規子「幼稚園や小学校の頃から、自然観察をして絵を描く機会を母がつくってくれました。例えばアゲハチョウの幼虫の観察を描くことが日課だったり、川へ行ったり山登りをするときも、必ず絵の道具を持っていって描く時間があったり」
政子「庭に季節の花が咲いたら見てみるように言われたり、天体観測をしに行くこともありました」
安規子「彗星を見るために夜中に起こされて、公園まで見に行くこともありました。そういうことは私たちにとって当たり前で、みんなもしているのかと思っていました」
2人はそう言って顔を見合わせて笑う。
自然と芸術、2人の作品制作のキーワードとなることは、人生の最初の段階からそばにあったようだ。また、絵に加えて手芸も母親から教えられた。縫い物や編み物などを家族団欒の時間に行い、学生時代もポーチやバッグ、アクセサリーなど自分で作ったものを使っていたという。
自然観察をすること、絵を描くこと、手を使って形にしていくこと。2人の今につながるものが、家庭生活の中にあった。
展覧会会場にて撮影
こうした母親からの強い影響は、父親が仕事で長い期間家を空けていることが多かったことにも起因していると話すが、一方で2人の自然観には父親の影響も大きい。鉱山の採掘現場の設計や指揮をとる仕事をしていた父親は「地球を相手に仕事している」とよく言っていたと話す。
安規子「地球がいかに大きくて人間がいかに小さいのかと、父が熱量高く話していたのを覚えています。例えば地下数百メートルといっても、地球の大きさからしたらすごく浅いんだということや、地中にある見えないものを探り当てる方法、採れた銅をどのように生成するかなど、いろんな話をしてくれました。そうした影響は少なからずあるのかなと感じます」
政子「父が繰り返し言っていたのが、『身の回りにあるものは、全部何かの資源からできている』ということでした。『人間がいかに地球の資源に頼って生きているか』『ものが作られる過程を想像してみなさい』ということも言っていましたね」
大学で彫刻科に進んだ安規子さんは、制作の過程でそうした父親の「ものが何からできているか」という問いかけを体感する機会があったという。
安規子「例えば高温で鉄が溶けていき、冷えて固まるといった一連の状態変化を実習を通して体験しました。また通学中に電車に乗りながら、電車がどんなパーツでできているのか頭の中で分解し再構成する想像をしていたこともありましたね」
そのように素材を分解して考えることは、物質や生命がどこからきたのか、科学的な視点を持って作品づくりを行う現在へとつながっているようだ。
安規子さんと政子さんは、高校までを同じ環境で過ごした。
特に中学と高校は双子研究で有名な中高一貫校に通っていたため周りには双子も多く、双子であることを特別に思うことがなく成長してきたという。日常的に絵を描く家庭で育ち、美術も得意だったという2人。美術大学を受験しようと決めたのは自然なことのように感じるが、安規子さんが美術の道を志すと決めたのは政子さんがいたからだった。
安規子「政子が最初に美大に行きたいと言ったんです。私にとって美大に進む決断は大きな一歩だったので、たぶん1人だったら目指していなかったと思います。でも政子と一緒だったらやってみてもいいのかなという気持ちがあって、美術予備校に入りました」
二人三脚でスタートさせた美大受験。予備校に入ってみると、2人の得意分野は大きく異なっていることが明らかになっていった。安規子さんは木炭のデッサンなど、モノトーンを活かした絵を描くことや空間的な表現が得意。そのため、彫刻科を薦められた。一方で政子さんはデザインや絵画など、どの学科を志しても大丈夫と先生に言われ、満遍なくできることがあった。大学受験に向けて取り組んでいるときは、そうした互いの違いを活かして、お互いに技術を補い合っていたという。
安規子「私が鉛筆でデッサンを描くのが苦手で、政子が上手だったので教えてもらったり、私が木炭デッサンを政子に教えたり。相手の持っている得意なことが自分の足りないところを埋めてくれる感覚がありました」
《Timepiece》2025年 一部
《Timepiece》2025年
ホモ・サピエンスが登場したといわれている20〜40万年前からの時間を砂、石、岩の重さに置き換えて構成。時間の可視化を試みた作品。
受験を経て、安規子さんは多摩美術大学の彫刻学科に進む。彫刻科と芸術学科のどちらも合格していた政子さんは、「芸術とは何か、広範囲にわたって探求してみたい」と、造形大学の比較造形学科に進んだ。
別々の大学に進んだ2人だが、大学時代も安規子さんが行う制作を見に政子さんが多摩美大を訪れたり、相談に乗るような場面もあったそうだ。
安規子「私が双子をテーマに作品をつくっていたので、政子にも協力してもらう機会は多かったです。例えば、2人それぞれの顔を撮った写真を重ねて、顔のパーツのズレや差異が見える作品をつくりました。また、赤い毛糸で編んだ長いへその緒がつながった2体のボディースーツを制作し、その作品を着て写真を撮るために一緒に大学へ来てもらったこともあります」
安規子さんは、創作の実際的な場面だけではなく、アイデアを形にしていく段階で政子さんに助けられる場面も多かった。
安規子「当初は一人の作家としてやっていくことを志していたのですが、政子の想像力に頼ることが多かったんです。私はアイデアを理論的に積み上げていくため、1人でつくると面白みにかけるように感じていました」
大学時代は、彫刻科に進んだ安規子さんの創作を政子さんが手伝う状態だったが、一緒に創作ができるようにしたいと考え、2005年にロンドン大学スレード美術学校 人文学部彫刻科に揃って留学。
ところが、これまで安規子さん主導で制作を行ってきたために、最初はフェアな状態で制作することが難しかった。どうしても安規子さんの主張が先に出てしまうため、当時の担当教授からは「政子がつくりだすまで、安規子は何もしないでいるように」と言われたのだそう。
安規子「最初の数カ月は、本当に黙っていました。つくられたものに対しても何も言わないで、2人の作品であるということを受け入れていました。徐々に、政子が思い描いたものに対して、『それはこういうこと?』と、ものやイメージに置き換えていったり、『もっとこうしたらいいんじゃない』と意見を言うようにしていきました。もちろん先生に止められることも多くて『そうするとあなたの作品になってしまう』ということも言われながら、調整していきました」
政子「私の中から何かを引き出そうとすると、安規子はずっと質問をし続けることになる。それが必然的に対話になっていました。安規子が質問をして、私が答えて、安規子がそれに意見をして。私の中から何かを引き出すために、そこにもう対話があったんだと思います」
その状態から1年半ほど経ったある時に、2人で1から組み上げていったと感じられる映像作品ができ、そこから対等な関係になったという実感が生まれていった。
2人が「スケール(尺度)」というテーマにたどりついたのも、同じ頃だ。さまざまな文化的背景を持つ人たちが集まるイギリスで暮らすうちに、共通の尺度として日用品を用いて作品をつくることを思いついたのだという。またそれは2人にとっても共有できるものになっていった。
安規子「フェアな関係性をキープするにはどうしたら良いか迷っているときに、2人の間で共通言語として日用品を使うことを思いつきました。日用品だったら、共通の目安になるし、誰もが知っているから異文化であっても共有できる。今でも作品に日用品を材料として用いることで、宇宙の現象や科学などの難しい題材も日常と地続きであることを示唆したり、日用品の身近な印象を入口として理解を深めていく効果を得ていると思います」
「スケール」というテーマは、双子であることも関係しているのだろうか。似ている他人がすぐそばにいることで、比較して考えるということが、双子ではない人々に比べて日常的に起こるように感じる。
政子「スケールという概念の一つに、視点を転換するということがあります。ミクロやマクロのレベルで世界を捉えるということに、私たちは面白さを感じているんです。そういう意味で、目の前に鏡像のようにいる相手が、自分とは違う視点で世界を見ているということを私たちは日常的に経験してきました。そのため無意識のうちに、多角的な視点で物事を捉えるということを訓練されてきたのではないかと思います」
安規子さん
展覧会のタイトルは、視点・観点・展望などを意味する「Perspectives」。まさに2人で創作することが、多様な視点を共有していることにつながっているように感じる。現在の2人は、どのようなプロセスで作品を形にしているのだろう。
安規子「材料で『こういうものを使いたい』と投げることもあるし、『今こういうことに興味がある』と、漠然と投げかけてみることもあります。投げかけてみて『こういうものにつなげたら面白いんじゃないか』など、フィードバックがお互いの間で起きていきます」
感覚的で曖昧なアイデアの種を思いつくことが多い政子さんと、具体的な完成形が思いつく事が多い安規子さん。政子さんのアイデアを形にしていくときは、対話の中から安規子さんが紐解いていくようなプロセスがあるという。
政子「安規子は私が出したアイデアに対して、『これが作品として成立するには論理的に組み立てた背景が必要だよね』とまとめてくれる印象があります」
安規子「自分がこうだと思いこんでいるものに対して、やっぱりこの方がいいとか、これが足りないとか、常に客観的に見る相手がいることは良いなと思っています。一人で作っている方は、自分の中にそうやって批評的に見る力を起こさないといけないですよね」
同じ熱量で意見を出し合いながらアイデアを形にしていくため、ほとんど役割分担がないという2人。ただ作品をつくることに関しては、彫刻の技術が必要な場面では安規子さんが担当し、色を使って絵を描くことや、色の配置を考えることは政子さんが担当することが多いという。
安規子「2人の間でパスし合いながらつくっていくことで生まれる作品が多いので、相手がいないと作品は生まれていないですね。だから誰かと交代してとか、1人では作品はつくれないと思っています。どちらかがいなくなったとして、つくり続けることはなかなか想像がつかないですね」
政子さん
「調査をしないと作品は成り立たない」と話すように、2人の作品はリサーチが支えている。特に、今回の資生堂の展示では地学、生物学、生命科学、天文学、物理学など幅広い領域の本を読み、調べ物をして制作を行った。
リサーチをした生命観が作品づくりのベースになったと話すが、それぞれが本を読んだり、調べたりしたことをどのように共有しているのだろうか。
安規子「お互いに知識として得たことを報告しあうことがよくあります。興味を持ってもらえるように伝えたり、ちょっとこの映像を見てほしいと投げ合ったり、『本にこういうことが書いてあって私はこう思ったけど、どう思う?』と聞いたり。リサーチから2人の対話がうまれ、思考を深めていきますね」
人に伝えることで知識はより定着するという。インプットしたことを、相手に興味を持って聞いてもらおうとアウトプットするまでがひとつの流れになっていることが、自然と理解を深めるプロセスにもなっているのかもしれない。
政子「物理学など難解な概念は、わかりやすく解説されている動画や本の図説などを、安規子が見つけてくれて送ってくれることもあります。ひとつのテーマに対して、お互いに興味があることを投げ合い、リサーチをしながら相手の質問に答えていくうちに、作品としていつの間にか深まっていくのではないかと思います。リサーチで得たことと対話が積層され、作品ができていくような感じですね」
対話で作品が成り立っていく。
そのプロセスを聞きながら、ではその対話の終わりはどこなのだろうという疑問が浮かんできた。作品を批判的に見る他者が常にいるとき、その作品に完成はやってくるのだろうか。
政子「こういう風においたらいいかなと思ったら『なぜか?』ともう一人が問いかける。『終わり』はその答えをお互いが出し切って着地したところで決まります。いつもああでもない、こうでもないとやり取りをしていますね」
相対的に物事や現象を捉えることや、視点を転換することを「スケール」と捉えているという2人。制作のプロセスでも、相手がいることによって、この「スケール」を身を持って体感しているのだそう。
《Strata》2025年 生物の誕生から完新世、本棚の上には人新世まで、時代区分に関連する約500冊の本や化石、鉱物で構成
選択肢がある場合は議論が生まれる一方で、完全に相手に任せている部分もあるのだという。例えば本棚の作品《Strata》では、安規子さんが化石と本の構成を担った。別々の場所で制作していたため、途中段階を写真などで共有することもあったが、最終的には安規子さんが決めたものを現場でも直すことはなかった。
政子「安規子は彫刻の勉強をしていたため、バランスをとって立体物を配置するのがとても上手。そこは信頼をおいて任せている部分がありますね」
安規子「ベッドの間隔などは、政子がこだわりがあるので、私は口を出しません。また作品の照明も政子に任せています。信頼しているところは何も言わないで任せていて、そのときはお互いに自由度が少しあるかもしれません」
《修復(Brick)》2005年 提供:takada akiko masako
対話によって視点を変えながら積み重ね、積み重ねた場所を掘り、また違う場所へと積み重ねていく。2人がつくりあげてきた唯一無二の制作スタイルで、これからどこへ向かっていこうとしているのだろう。
安規子「今でも大きな作品は多いのですが、もっと空間全体を使う巨大な作品をつくりたいと思っています。体感として得られるものが変わってくるのではないかと思っているので」
政子「壊れたところを直す、《修復》という作品があって屋外に設置されているのですが、結構繊細なんですよね。長期間過酷な環境にさらされても持つような作品をつくりたいなと思っています。私たちがつくるものは、素材として繊細なものが多いので、耐久性のある頑丈な素材で私たちの意図を汲んだ作品がつくれたらいいですね」
「ある意味時間のスケールを超えられるような、ゆっくりと変化する作品もいいと思うんだけど」と安規子さんが提案すると、政子さんが「うんうん、そうだね」と頷く。2人がアイデアを形にしていくプロセスが少し垣間見えたような気がした。
ここまで2人の原点となる幼少期から、なぜ一緒に制作をし、どのように形にしているのかを聞いてきた。
しかし改めて、双子だからといって、同じ環境で2人で一緒にものづくりをすることは決して当たり前のことではない。いや多くの場合、双子でもバラバラの環境で過ごしているのではないだろうか。どうして一緒にやってみようと思ったのだろう。最後にそう問いかけると「例えば」と、子どもの頃の人形遊びの話をしてくれた。
安規子「小さい頃に2人で人形遊びをしているときに盛り上がって、『今日は本当にこの遊びが楽しかったね』と言っていました。今日のこの空間と時間がとても楽しかった、何かひとつ作り上げた、というワクワクする感覚。自分一人ではできないものが生まれるんじゃないかという期待。2人で何かをつくることができる、それが楽しい。その感覚で何かつくることができるんじゃないかという信頼と期待があって、2人でつくったほうがいいよねとなったと思います」
政子「こんなことが実現したら面白いよね、というワクワク感は私もあって、それで2人でやっていると思います。ただ覚悟を常に突きつけられるところもあります。例えばこれまで何度も困難な状況に陥ったこともあり、そんなときには『これで続けられるんだろうか?』と思うこともありました。今でも続けられているのは2人だからって思っているんです」
日が暮れるまで夢中になってひとつの物語の中で遊んだ日。
その感覚を思い出す。たしかにそこには、1人では生み出せない時間と空間があった。
その頃のワクワクする感覚を手放さないまま、覚悟を持って2人は制作を続けている。
「もしも1人になったら制作を続けるかわからない」
そう話す2人はこれからも、対話の重なりの中でしか生まれない表現を、色、形、歴史、科学、あらゆるレイヤーを用いて表現していく。
《Oxalis corniculata》2025年
《Can’t see the forest for the leaves》2024年