OUR ART IN
OUR TIME
03
2026
Mar. 13, 2026
余白・無はなぜ人の感情を動かすのか
ー音楽・芸術・AIがひらく、人間の感性ー
【イベントレポ】@LiSH TAKANAWA GATEWAY
神経科学 / 計算論的音楽学 大黒達也さん
神経美学 / 芸術認知科学 石津智大さん
Edited by Naomi KAKIUCHI
Event photo by Mika HASHIMOTO
──はじめに…
KAMADO TALKは、KAMADOが開催している人の感性や価値観に深く迫るトークイベントシリーズです。
2025年5月に高輪ゲートウェイ駅前に開業した、「LiSH/リッシュ(TAKANAWA GATEWAY Link Scholars’ Hub)」にて、「KAMADO TALK #003」を株式会社ゼネラル社との共催イベントにて開催しました。
今回のテーマは「余白・無と、感情」でした。
情報過多な時代、そしてAIが全ての領域に入り込む現在、あらためて「人が感じる美」「人が創る意味」に私たちは何を求めていくのでしょうか。
本トークでは、神経科学・計算論的音楽学を専門とする大黒達也さんと、神経美学・芸術認知科学を専門とする石津智大さんを迎え、それぞれのショートトークの後、対談形式でお話しいただきました。(開催日:2026年2月26日夜)
LiSH : 多様な知と技術を持つ人(Scholars)をつなげ(Link)新たなビジネス・文化を創造することを目指す広域スタートアップエコシステムの拠点
この記事はKAMADO TALKのイベントレポートです。
KAMADOでは、「アートをきっかけに自分の感性をひらく」をテーマにしたオンラインブックKAMADO BOOKを制作・販売しています。
Featured Speaker
大黒 達也(だいこく たつや)
神経科学 / 計算論的音楽学 研究者
青森県八戸市出身。博士(医学)。東京大学大学院情報理工学系研究科・次世代知能科学研究センター准教授。オックスフォード大学およびマックス・プランク研究所での研究を経て、現在はケンブリッジ大学で客員研究員、広島大学では客員准教授を務め、2024年より現職。人間が音楽をどのように知覚し、学習し、創造するのかという問いを出発点とし、音楽の背後にある脳の創造性のメカニズムを神経科学的手法と計算モデルによって領域横断的に探求。著書に『芸術的創造は脳のどこから産まれるか? 』(光文社、2020年3月)『音楽する脳 天才たちの創造性と超絶技巧の科学』 (朝日新聞出版、2022年2月)
石津 智大(いしづ・ともひろ)
神経美学 / 芸術認知科学 研究者
神経美学、芸術認知科学の分野において15年以上の研究経験を持つ研究者。脳科学の手法をもちいて感性と芸術について研究している。
国内外のジャーナルに多数の論文を発表し、芸術と感性の脳科学である新しい学際領域「神経美学」の発展に寄与。研究活動に加えて、講演や執筆を通じて一般社会に研究成果を伝える活動も行っている。
2009年、慶應義塾大学大学院心理学専攻修了。博士(心理学)。ウィーン大学心理学部研究員・客員講師、ロンドン大学ユニバーシティカレッジ生命科学部上席研究員などを経て、2020年より日本に活動拠点を移し、大学にて教育・研究に従事している。
著書に『神経美学 -美と芸術の脳科学-』(共立出版、2019年8月)『ヒトはなぜアートに魅了されるのか』(共立出版、2025年5月/分担執筆)新書『泣ける消費』(サンマーク出版、2025年7月)など。
石津 智大さん
神経美学とは?
神経美学とは、芸術体験や美的感性に関わる心の働きを、心理学の実験やMRI・脳波計などの脳機能計測を用いて研究する学際的な分野です。
絵画や音楽を鑑賞する体験だけでなく、作品を生み出す創造性や、それを分析・批評する行為まで含めて「芸術的な営み」と捉え、そこに関わる人間の感性を科学的に探っていきます。
美学では「美しさ」だけでなく、「優美さ」「感動」「ユーモア」といった体験も美的なものとして扱われ、さらに、醜さや悲しみ、恐れといった一見ネガティブに思える感情も、美学の中では美的体験として議論されてきました。
芸術体験は作品を見終わった瞬間に終わるものではなく、その後の他者との関係性や社会への関わり方にも影響を与える可能性があることが研究から示されています。
-Beauty is not skin deep.-
「美はうわべだけのものではない」という視点から、道徳的な行為の中に見出される美しさや、数学的な真理の中に感じる美しさについても紹介されました。
芸術の美、道徳の美、真理の美といった異なる種類の美的体験は、脳の内側眼窩前頭皮質という共通の領域を活動させることが石津さんの研究から示されています。
古代ギリシャのイデア哲学でプラトンが提唱した「真・善・美」の概念との関係を例えに出し、「脳の中でも同じ価値として存在しているかもしれません」と話されました。
石津さんはアーティストとのコラボレーションとして、写実画家・諏訪敦氏とのプロジェクトを紹介。
平安時代の絵巻『長谷雄草紙』に登場する「絶世の美女」は、これまで一度も正面から描かれたことのない存在。
この人物像を描く試みの中で、作家がどのようにイメージを構築していくのか、その過程における脳の活動を測定しながら議論を重ねたといいます。完成した作品《Emptiness》は、「造形としては美しい一方で、どこか生命感を感じさせない器のような顔」と表現され、タイトルの通り描かれた女性には正気がなく「空虚・空っぽ」を感じました。
また今回のテーマとなる芸術における「余白」や「無音」の重要性についても触れ、ジョン・ケージの《4分33秒》(演奏されない時間)や、ワーグナー《トリスタンとイゾルデ》における長い沈黙など、空白や静寂は古くから芸術表現の重要な要素として用いられてきました。
情報や刺激があふれる現代社会では、こうした余白はすぐに埋められてしまいがちですが、
「私たち人間というのは何も膨大なデータを学習せずとも、言葉に詰まった瞬間、その人が何を感じているのか、それを慮れる力があります」
石津さんは、何もないところに意味や感情を見出す心の働きこそ、人間らしい精神のあり方だと言います。
現在、こうした「無」や「余白」を体験しているときの脳の働きを計測し、その認知プロセスを明らかにしようと研究が進められています。
大黒 達也さん
続いて大黒さんは、音楽と感情、そして創造性の関係について科学の視点から紹介しました。作曲を学んできたバックグラウンドを持つ大黒さんは、現在「音楽の身体知」をテーマに、音楽体験の背後にある感情について研究しています。
-予測と裏切りのバランス-
大黒さんの研究では、音楽による感動は「予測」と「予測のずれ」によって生まれると考えられています。私たちの脳は音楽を聴くとき、無意識のうちに次の音を予測しています。例えば「ドレミファソラシ」と続けば、多くの人が自然と「ド」を予測します。これは私たちが生まれてから聴いてきた膨大な音楽経験から、脳が確率的なモデルを作っているためです。
「音楽って、予測と裏切りのバランスなんです。期待通りに進むときには納得感や心地よさが生まれます。一方で、その予測が少しだけ裏切られるとき、人は強く注意を向け、感情が動きます」
過去9,000曲のコーパスデータ・音楽の和音進行コーパスデータをもとに確率モデルを作り、その予測の揺らぎを操作した音列を用いて実験を行いました。その結果、予測通りの和音が続くときにはお腹のあたりに身体感覚が生じやすく、予測が外れるときには心臓付近に強い感覚が生じるという傾向が見られたといいます。
大黒さんはこの結果について、「腑に落ちる」「腹落ちする」といった日本語の表現にも触れながら、「感動」や「美しさ」として言葉にならない感情が身体感覚として立ち上がっている可能性を提示します。
「心臓がどきっとする、鳥肌が立つ、胸が締め付けられる——そうした身体の反応が、言葉にならない感情の入り口になっているのかもしれません」
また、創造性について、1900-2000年までのジャズの即興演奏データを分析した結果を紹介。
音楽の「予測の揺らぎ方」は時代によって少しずつ変化しており、その時代ごとに共有される傾向のようなものが見えてきます。大黒さんはこれを「場の知性」と呼び、創造性は個人だけでなく社会の中で生まれてくるものでもあると説明しました。
「人間の創造性って、暇だったり余白ができた瞬間にぱっとひらめくことがあると思うんです」
課題に縛られない自由な時間や思考の余裕が、新しい発想を生むきっかけになるのではないか。日本文化に見られる「間」や余白の感覚にも触れながら、「暇」という状態そのものを研究テーマとして探っていきたいと語りました。
対談の冒頭では、音楽のような「時間芸術」と、絵画や彫刻のような「空間芸術」は何が違うのか、という問いから始まりました。
大黒さんは、音楽の醍醐味を「予測とずれ」のなかに見ていると話します。音楽は、ただ驚かせ続ければよいわけではなく、まず予測できる土台があり、その上で少しだけ外す。その“予測の揺らぎ”が、一曲の中に時間をかけて立ち上がることこそ、時間芸術の強みだと言います。
これに対して石津さんは、美術史の文脈を踏まえながら、空間芸術は「ぱっと見て把握できるもの」、時間芸術は「時系列の中で展開していくもの」だと話します。
ただし、空間芸術が時間を持たないわけではありません。
「絵画や彫刻は、鑑賞者がどこを見るか、何を読み取るかによって、作品の意味が「時間をかけて」立ち上がっていく。音楽のように作品がガイドしてくれるわけではないからこそ、鑑賞者に大きく委ねられた“時間”があるのが面白いところです」
と語ります。
さらに大黒さんは、音楽にはもうひとつ特有の性質があると言います。それが「一体感」です。
「音楽は時間の流れとともに強制力を持ち、美しいフレーズや盛り上がりの瞬間を、複数の人が同時に共有しやすい。みんなで同じ瞬間にぞわっとすることができるのは、時間芸術ならではの力だと思います」
また石津さんは、空間芸術には「所有する」ことができるという点に触れました。絵画や彫刻は個人が所有し、個の時間のなかで向き合うことができます。
分かりやすい例えで、時間芸術と空間芸術の性質の差をお話しいただきました。
対談の中盤では、「間」や「余白」、そして無音の価値へと話題が広がっていきました。
倍速視聴が当たり前になり、情報が隙間なく流れ込む時代において、何もない時間や空間はこれからどうなっていくのか。会場からの問いも重なりながら、話題はより現代的なテーマへ進んでいきました。
石津さんは、創造性において「入力したあとに一度止めることが重要だ」と話しました。
情報を入れ続けるだけではなく、いったん止めて温める時間を持つことで、ひらめきが生まれる。古典的な創造性研究でも言われてきたこのプロセスは、今のように情報入力が過剰な時代だからこそ、より切実な意味を持っているのかもしれません。
また大黒さんも「暇」の必要について提案しました。
単なる無為ではなく、外部からの入力をいったん遮断し、内部で情報の再編が起こる時間です。睡眠中に記憶が再編されるように、人間は“何もしないように見える時間”のなかで、実は多くのことを処理している。大黒さんは、そうした時間があるからこそ、チャンク化やひらめきが起きるのではないかと語りました。
この話は、石津さんが進めているワーグナー《トリスタンとイゾルデ》の研究にもつながります。
途中結果によれば、美しい音楽を聴いているときにはアルファ波が強まり、そこに6秒間の無音が入ると、そのアルファ波がすっと消失する。そして後半の音楽が再び入ってくると、徐々に復帰していくのだそうです。音がなくなることで緊張が高まり、その後に訪れる解放が感動を生み出す。その背後に、脳活動の変化があるのではないかという示唆は、とても印象的でした。
石津さんはさらに、人間の知覚システムは「変化」に強く反応すると説明します。
ずっと同じ情報が続くよりも、あるはずのものがなくなる、つまり「欠け」が生じることのほうが、むしろ注意を引く。情報で埋め尽くされた環境のなかでは、何かが足されること以上に、何かが“ない”ことが意味を持つ。
余白や無音は、単なる不足ではなく、知覚を動かすための重要なきっかけでもあるのかもしれません。
後半では、AIによって大量の情報や表現が生み出される時代に、人間の創造性や感性はどう変わっていくのか、というテーマが交わされました。
石津さんは、AIが得意なのはゼロから一を生み出すことというより、すでにあるものを組み合わせ、新たな意味や価値をつくる「キュレーション」に近いのではないかと話します。
これからは、何かを生み出すことそのもの以上に、生み出されたものをどう評価し、どう組み合わせ、どう意味づけるかが、より重要になっていくのではないか。クリエーションとキュレーションの関係性は、AIによって変わりつつあるのかもしれません。
また、AIが大量の“それらしい答え”を返してくれる時代だからこそ、私たちの判断基準そのものが知らないうちに下がってしまう危険もあると石津さんは指摘しました。
質の高くないものに大量にさらされることで、自分のなかの100点の基準が、いつのまにか85点まで下がってしまう。そうしたズレは、気づきにくいからこそ。
一方、大黒さんは、AI時代だからこそ「意味」や「役に立つこと」に過剰に結びつけられた価値観から、人間が少し解放される必要があるのではないかと語りました。
それが社会の役に立つかどうかではなく、自分がそれを良いと思えるかどうか。そうした主観の回復が、むしろこれからの創造において重要になるのではないかという視点です。
議論の終盤では、AIと人間の違いとして「有限性」というキーワードが挙がりました。
人間は必ず死ぬ存在であり、限られた時間のなかで何をなすか、その過程やナラティブにも価値が宿ります。だからこそ、無限に生成できるAIのアウトプットと、人間の表現は同じにはならない、と。
最後に、AIをどのような存在として捉えるのかという話へと広がっていきました。
大黒さんは、もしAIを単なる道具ではなく「知性」として認めるなら、人間とAIの関係も変わっていくのではないかと指摘します。
「互いに評価し合い、インタラクションが生まれることで、人間は自分という存在をより自覚し、その意味を見出すようになるのではないか」
石津さんは、人類という存在の“孤独”について語りました。人類は知性として対等に対話できる相手を持たない、極めて孤独な存在でもあると言います。
「もしAIを別種の知性として認めることができたとしたら――人類は初めて、静的孤独から解放される可能性があるのかもしれない」
そんな示唆が、対談の中で語られました。
最後に、二人はそれぞれの研究についても触れました。
大黒さんは、自身の研究のキーワードとして「暇」を挙げます。
テクノロジーは本来、人間の仕事を代替し、私たちの時間を増やすために発展してきたはずだが、実際には、技術が発展するほど人間はむしろ忙しくなっていく。そのメカニズムに関心があると言います。だからこそ、自身の研究テーマは「暇」なのだと語りました。
「なぜ人は忙しくなり続けるのか。その仕組みを理解しなければ、音楽でもなんでも次の研究にも進めないのではないか」
また石津さんが研究の軸に据えているのは「人間の幸せ」についてです。幸せは決してポジティブな感情だけで成り立つものではないといいます。悲しみや恐れ、不安といったネガティブな感情のなかにも、人間の幸福に深く関わる価値があるのではないか?
「現在の社会はポジティブを最大化し、ネガティブをできるだけ消そうとしているけれど、その過程で人間にとって大切なものまで急速に失われていっている可能性がありとても危惧しています。ネガティブの中にあるポジティブな価値を、どのように見出し、言葉にしていくのか。それを神経美学の研究を通して明らかにしていきたい」と、石津さんは話します。
今回のイベントを通して、余白やその時代の空気感・流れの中から生み出されたものに対して、人間だけが持てる感情こそが、感性や創造性を支えているのかもしれないという視点でした。
情報が溢れ、AIがなんでも答えをすぐに提示してくれる時代だからこそ、私たちは、余白や間(ま)、出来事の空白の中に、感情の意味を問い直す必要があるのかもしれません。
次回「KAMADO TALK #004」の開催地は関西を予定しています。
KAMADOでは、「アートをきっかけに自分の感性をひらく」をテーマにしたオンラインブックKAMADO BOOKを制作・販売しています。
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